「困るんだよね。」

スープのあしあと

彼方の手その後

お正月に写真を撮らせてもらったおっちゃんのもとへ、お約束通り、正月明けに再度訪問した。とっても寒かったので、おにぎりと温かい豚汁を手土産に。

大晦日に来たでしょう。覚えてる? 寒かったでしょう。遅くなって、ゴメンね。

いよー、おにいちゃん。ありがとよ~

覚えて下さってるのかどうか分からないが、にこにこと笑って迎えてくれる。
緊急一時保護のためのお部屋を確保したことを伝える。あったかいお風呂入って、ゆっくりご飯食べて、足腰も布団で伸ばしながら、これからのことを暫く一緒に考えませんか?

相変わらずにこにこと笑いながら、はいはい、とうなずく。ありがとう、と。

しかし、どっしりと腰を据えたまま、動こうとする気配はない。

しょうがないので、私もしばらく座って一緒におにぎりをいただき、公園を眺める。
何か、躊躇っているんだろうな。ここで20年。にこにこと公園をながめながら、おっちゃん、何を思っているのだろう。

「困るんだよね。ここ汚されると。」

公園管理の警備員が二人、気がつくと後ろにいた。
ちょっと距離をおいて、おっちゃんに言っているのか私に言っているのか、よく分からない。

困るんだよね。

すみませんね~、はいはい、すみません。おっちゃんは、相変わらずにこにことほほえんで愛想良く応える。
もし私がすみません、と言ったら、まるで「公園でエサを与えないで下さい」みたいな絵面だなぁ、とぼんやり考えながら、無視を決め込もうと思った。

しかし、警備員二人ぴったりと並んで、何か言いたげに動こうとしない。
しょうがないので、こちらから声をかける。どうかしましたか? 御弁当の袋なら、もちろん持ち帰りますよ。

「いつも、ここ汚して。ずーっとだよ。巡回警備までしてるんだ。困るんだよね。」

そうですね。困りますよね。お仕事ですものね。大変ですよね。
きっと、この公園を使ってる子ども達も困ってるでしょうね。サッカーのじゃまになるかもしれませんものね。親御さん達も、なんだか心配で、困ってるかも知れませんよね。
 そしてね。こちらのおじさん自身も、本当に困ってらっしゃるんでしょうね。こんなに寒い中、毛布数枚でこんなに冷たい地面に、好きで寝ているわけないですよね。どこに行ってどうしたらいいのか、分からないんじゃないですかね。不安だと思いますよ。本当に、困ってらっしゃるんじゃないですかね。

 だったら、困っているものどうし、どうしたらいいか一緒に考えましょうよ。そんなに難しいことじゃないでしょ? よかったら、一緒にお話ししていきませんか?
「困ったら」いつでも連絡下さいねと、私の名刺を渡す。憮然としながらも、私の顔をみながら何やらメモを取り、ここに連絡すればいいのね、と言い残して去っていった。

ごめんね、私が来たから、目立っちゃったね。帰ったから心配ないよ。

「いつもいつも、来るんだよ。たまんないよ。」

ずーっと笑っていたおっちゃんの顔から、初めて笑顔が消えた。

ね、あのね。とりあえず温かいお風呂入って、それからゆっくりお話ししませんか?
今から湯船ためてもらいますからね。着く頃にはちょうどいい湯加減ですよ。きっと。

いくか、と、腰を上げる。腰をかばいながらよたよたと歩き始めた。
荷物はもういいよ。もともと、ろくなものなんてなかったから。