誇りのひげ

スープのあしあと

髭のおじさん

手土産にもってきたカップ一杯の味噌汁を、おひげを汚さないように、丁寧に飲み干す。伸ばしっぱなしのようですが、よく見ると手入れに気をつかっているようで、きらきら光って見えます。

・・・おとうさん、立派なおひげですねー

「立派なもんだろ。アイヌの誇りだ」

北海道・平取町(びらとりちょう)ご出身だそうだ。あとから調べると、北海道でもアイヌ民族の方が多く住むらしい。

二十歳ぐらいまでは、そのあたりで建築業(土木や「手元」と言われる肉体労働)に携わっていた。仕事が無くなり、北海道内の都市部の「飯場」(建設現場で住み込み出来るよう立てあられる、多くの場合仮設プレハブ小屋)を転々とするようになった。

その際、ひげをすっぱりきれいに剃り落とした。アイヌだと分からなくするためだ。アイヌだと良い仕事をまわしてもらえなくなるし、いじめにだってあう、と、いう。それでも北海道内では出身地などの話で分かってしまう。「それで、食って行けなくなった。」

 30才で東京に出てくる際に、名前も変えた。差別を受けないために。「身を隠して生きてかなきゃ、食えんからな。名前ぐらい、なんでもいい」。北海道や沖縄出身の特に不安定就労現場を転々としてきた方のなかには、名前を変えてきた方も多い。

 しかし、建築関係の肉体労働は、よほどのツテでもなければ50才で一気に仕事がなくなる。

「もう、おれも59才だ。さすがにあがいても、どうしたって仕事はないよ。空き缶回収するぐらいだ。ひげぐらい伸ばしたって、文句ねえだろ。」

くいっと、あごを挙げてくれたところでパチリ。

触ると、やわらかく、ふさふさしている。「重み」を感じる。

このひげに込められた「誇り」は、みちゆく人にはどのように映るんだろう。